ノート

ノート、さまよいのなかで

こんにちは、ノート研究ライターeyecoです。

 

きれいとか、汚いとか、ちょっと休憩、わきにおいて。

まず、書いてみる。思うままに、気ままにペンを踊らせる。

そのために、わたしはよく、ノートを使う。

特に、不安にかられたときは、すぐ汚す。

そして、すごく汚す、ノートを。

もう、めいっぱい。

 

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不安ダダ漏れなノート。でもなんとか前を向こうとしている、の図(再現)

これは、先日のノート講座で登壇するときに、

参加者のみなさんに、わたしの体験、

ノートとの本気のおつきあいが始まったきっかけをどう話そうか、

ぐるぐると考えていたものです。

 

 

わたしの2大不安(当時)は、結婚生活の破綻と、

それによって突如さらされた経済不安でした。

まず、自分がどうしたいかとか、どうなるのかとか、

驚くぐらいに自分のことがわからない。

そのことにまた、オロオロと、困惑するばかりで、

なにをどうするも、まず自分自身が本当に、

どうしようもなかったです。

 

心の、奥の奥にある、ちいさな自分の声を聞くのは、大変です。

まずいろんなフィルターや雑音に阻まれて、なかなか取り出せない。

誰に聞かせるわけでもない、自分対自分で対峙しているだけなのに、

なかなか、これが、骨が折れる。

 

「大丈夫だこんなのなんでもない」

「いつものことだしやりすごしてしまえばいい」

なんて平気なフリをしたり。

 

「もっと気楽にいこうよ、楽しくしたら」なんて、

いきがったてみたり。本当に自分で分厚いバリアをはって、

自分がそれを破れなくなっている。

 

なかなか、奥の奥の声までたどり着けない。

本当に自分って、めんどう。

 

そんなときに、「なぜ」と「なに」。

この2つをつけて、再度、問うてみる。

 

大丈夫だこんなのなんでもない

→「なぜ大丈夫と思うの?」

→「なにがこんなのなの?」

 

いつものことだしやりすごしてしまえばいい

→「なぜいつものことなの?」

→「なにをやりすごしてしまえばいいの?」

 

もっと気楽にいこうよ楽しくさ

→「なぜもっと気楽になの?」

→「なにが楽しいの?」

 

こう書いていくと、なんだかさらにめんどうだなぁと思うけれど。

一つひとつ、自分が心の中で発する言葉を拾って、じっくりお相手してみる。

自分との対話に、時間を使う時間を作る。

そういうふうにやっていったら、少しずつ、自分の本音に近づけていけました。

 

心がスッキリ晴れているときは、別のことに時間を使って、

霧がかっているときは、こんなふうにノートを書く。

少しずつ、繰り返しながら、ゆっくり回復する。

 

こんな状態のときは、目標とか、将来のビジョンは後回し。

(まず、頭が回りません。。。)

書いて、書いて、癒されていく。

そんな感覚で、ノートに向き合った日々です。