ジャーナリング

過去のノートに眠るパワー

こんにちは、ノート研究ライターeyecoです。

 

ここ数日、自分自身の足跡を振り返る時間が、なんとなく増えている気がしています。「懐かしんで懐古する」というよりも、軸足の確認を過去の自分としているような感覚です。

 

そんな中で、ふと、手に取ったのが、ハタチの頃に書いていたノート。古いものはほとんど処分してしまっていたのに、この時代のものだけは、どうしても捨てられなかった。それは、わたしにとってものすごく大きな転機になった時期だから。当時は、そんな意識はまるでなかったけれど、何年も経ってから振り返ったときに、「ああ、ここだったんだ」と強く感じています。

 

この頃出会った人たち、そして経験が、いまのわたしにまっすぐつながっている。まるで鍋にいろんなものを投げ込んでグツグツと煮込みながらも何を作っているのか明確なゴールは見えていない感じ。ゴールポストは見えていないけれど、求める術は、感覚的にわかっていて、それを手にして進もうと、なんとか手を、足を、のばそうとしていた頃。そう、まるでこんなふうに。

 

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小さな引っ掛かり(チャンス)を見つけると手足を伸ばして引っ掛けてとにかく前に進もうとする。プロクライマーと違い、アマチュアすぎて落下の怖さを知らないから、なんだか、もう、恥ずかしいくらいにみなぎっている。

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20歳の頃に書いた決意表明。これに揺さぶられる20年後のワタシ

「最終的に目指す場所へたどり着けたかどうかだと思う
ああ、帳尻合わせなわたしのマインドがだだ漏れているし。。。。
ここ変わってないんだなぁ。

でも、いま、ここをちょっと変えたいと思い始めています。

つい先日、とあるインタビュー取材中に話者が発した、「プロセスとスピリットを重要視する」という視点。芸術系で、アーティストに特化した話ではあったものの、「出来上がったものの表面だけを見て、いい・悪いと判断しがちで、これは危険」というコメントも、じわじわと響いてきて、アーティストの作品の話の枠を越えてわたしの中にしみ入ってしまったんですね。結果オーライはできてる。今度は、ここからもう一歩、深めて、プロセスに注目してみないかって。

経験値も、スキルも、危機管理意識や状況だって、仕事を始めた20歳の頃とはまるで違う。ただ、よくよく読んでみると、ここに書いたとおりのやり方で、仕事を、成長できるチャンスを、確実につかまえて、どんどん経験・実践してフィールドを広げてきた。

 

だから自信もって。
自信もって進めばいいんです。
「迷ったならわかるところまで戻ればいい」だけだから。

 

こんなふうに、過去のわたしに励まされ、助けられること度々。
昔を振り返るのは、気恥ずかしさもあるけれど、
ノートって、やっぱりいいな。

 

そして、20年経っても変わらないクセ字にも笑ってしまう。
美文字を目指した決意は何処へやら、です。

 

 

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